リアルイベント「文学茶話会」の予習をいたしましょう。
『方舟を燃やす』角田光代    新潮社


    新刊『明日、あたらしい歌をうたう』のひとつ前、角田光代さんが書いた作品は、近過去を取り上げた叙事詩的な大作でした。
    『方舟を燃やす』では、1967年から2022年までの時代を生きる、飛馬と不三子の日々が語られていきます。
    時代を丸ごと描き出そうという意図があってのことか、各時代の描写は綿密で、同時代を生きてきた人にとっては、読み進むうち、自分の体験したさまざまな記憶が引きずり出されることとなります。


    全編を通して「デマ」という切り口が用意されており、口さけ女からコロナワクチンにまつわる風説までが出てきます。それらデマが世の中を動かしてきたのかどうかは定かではありませんが、各時代に人の目を引く何らかの出来事が起きてきたのはたしかです。ただ渦中にいる人にとっては、何が起こるか予想はつきませんし、何が重大な出来事であるかも、あとから振り返ってでないとわからないものです。


    あるとき不三子が感じるこんな思いは印象的で、かつ象徴的な気がします。

「何かもっと重要なことを思い出しそうになって、不三子は目を閉じて記憶をたぐるが、平皿にこびりついた米粒とか、洋食屋なのに箸を下さいと言いかけて恥ずかしい思いをしたとか、ソースのたっぷり残った皿をなめたいと思ったことなど、どうでもいいことばかりが点滅するように浮かんでは消える。」

    時代はどうあれ、生活は続く。そう強く思い知らされます。