それぞれの「わたしの千冊」をつくりませんか?    という、大それたことを前回に言いました。
大げさついでにもうひとつ、大きい目標を述べたくおもいます。
文学茶話をとおして、「現在文学史」をつくっていきたい!    とも考えているのです。

近代文学とか現代文学は聞き覚えありますが、現在文学とはあまり耳慣れない言葉です。
これは勝手な造語ですが、いままさにこのとき、現在進行形で紡がれている文学のことを指すこととします。

文学茶話が長らく続いていったとすると、将来的には、文学者の方々の生の姿・声を収めたアーカイブと、みなさんが築き上げた「わたしの千冊」リストが、たくさん生じます。
それらを眺め渡せば、わたしたちが生きた時代の文学のあゆみ、すなわち「現在文学史」が、くっきり浮かび上がってくるはずです。


折りしも、いまわたしたちが立っているのは、2025年と2026年の境い目です。
21世紀の最初の四半世紀が終わり、ふたつめの四半世紀がちょうど始まったところ。
四半世紀とは、歴史の単位としてじゅうぶんです。21世紀の文学をふりかえり、位置づける動きがあってもおかしくありませんが、そうした取り組みはまだあまり見られません。
そろそろ、21世紀の歴史を紡ぐ準備がはじまってもいい頃合いです。
文学茶話はいち早く、われらが時代の文学について語り、位置づける試みをしていきたくおもいます。

文学茶話は、それぞれの個人的な営みを持ち寄るささやかな場ですが、それはやがて集合知を生み「現在文学史」の発信源となるはずです。

大きな文学的たくらみを胸に、目の前の一行をたのしんで読みたいところです。